I can do it

夢への挑戦

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2013/07/28   お風呂にて : 日記



久々にどうでもいいことを書きたいなと思います。

あっ、地味に9000人突破してました。ありがとうございます。


先日、お風呂の中で

①夢の神秘性

②上杉謙信出家後の武将として殺生することへの葛藤


を考えていました。
こんな意味不明な事考えている高1も珍しいかなと思うんですけどね(笑)

①はもうどうでも良くなって。笑
まぁ、自分の中で夢は大事なんですよね。
神秘的なんです。

問題は②なんですよね。
すごいですよね。

戦国時代の武将さんって出家する事多いんですけど...


一番良いのは、人を殺さない事やなって最後思いました。
上杉謙信だけじゃなくて、みんな。

争いは何も生まないです。
あっ、生みます。
悲しみとかそういう負のものを生み出しますよね。


また、新たな観点から争う事の無惨さを感じたお風呂の中でした。

ちゃんちゃん。

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2013/01/11   1月11日 : 日記


車窓から見える混沌としたカオスの中の、沈みゆく夕陽のほのかな光に僕の心を見つけたような気がした。


…なんて中二病な文章から始めてみました

新年明けましておめでとうございます。


さきほどの中二病の文章、今回の話とあまり関係ないわけでもなく。


僕、学校帰りに、自分が日々の繰り返しが嫌だと気づいたんです。

だからこそ、新しい何かを見つけるために学び、挑戦する。
刺激が欲しいんだな。と。

だから、修学旅行や、運動会が特別に思えるのかなって。

人間って、平和でありたいくせに、
日々、変化をもたせたがる。

何もしない人生が一番、平和なはずなのに。

でも、だからこそ人間って素敵なんだと思う。


そんなことを考えがなら、帰っていた、いつもの、日々と変わらない下校中の電車の中。

そこで見た夕陽は
僕の今日見つけた新たな刺激なのかもしれない。


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2012/07/14   言葉に表すこと : 日記


こんにちは^^

最近、ディベートなどとても忙しくて
若干、ブログを更新することが億劫になってきている笑吉です。

今日は
いつも感じていることではあるのですが
それが気持ちに顕著に現れたので書こうかなとおもいます

・・・気持ちに顕著に現れるっていう表現はおかしいのかな?^^;笑

正直、今日の内容に関しては僕の押し付けであり、一方的な主張や考え方です
いろいろな考え方をする人がいると思いますが、
あくまでもこのブログは僕の書きたいことを書くものなので書かせて頂きます
コメントでの反論などはいくらでもどうぞ^^ 逆にしていただきたいぐらいです
僕もこの内容を全て否定してるわけではありませんので
そこだけは分かっておいていただけるようにお願いします


説明が長くなりましたがここらで本題へ


中学校や小学校では(関西創価は特に多いのですが)
事あるごとに「感想」や「思ったこと」「決意したこと」を紙に書きます

例)
・映画を見て思ったこと
・食育セミナーを受けて思ったこと
・防犯セミナーを受けて思ったこと
・◯◯さんの話を聞いて思ったこと。また決意したこと

このような感じで、色々なことで書きます。

確かにいい部分もありますが、、、

本当に必要なのでしょうか。


普段から必要がない。と僕は思っています。
食育セミナーなどは分かります。
その感想などをしてくださった方に読んで頂いて、喜んで頂けるからです。

ですが、映画や◯◯さんの話を聞いて感想ならいざ知らず。
「決意した」とか「これからどうしていきたい」とかそういうったことは必要ないのではないでしょうか

なぜそれを今、記事にしようと思ったのか。

それは先日、
情熱の日実行委員をさせて頂いている関係でリーダー研修というものに参加させていただいからです。

正直なところ、学園生はみな社会のリーダーと育っていく人材なのですから
このように限定してリーダー研修を行なっている事自体、僕は反対なのですが。。。
やるならば学校全体で、学園生全員に対してすべきです。
そうやって区別をするからこそ、やる気にも格差がうまれ他人ごとのように考える人が増えていくのだと思います


そのリーダー研修で、
高校生で新世紀栄光班の執行部をされていて
中学校から色々な形で学園に携わってこられた先輩が話をして下さいました。

色々な形で戦ってこられた方のリーダー像というものを語って頂き、
リーダーとしての決意を各々が深めてもらうというのが目的でした

その先輩が素晴らしいお話をされていて、本当に感動しました
あの感動を誰かに伝えたくて、次の日の朝にクラスでもかいつまんで話させていただきました

本当に素晴らしい話で

①リーダーである前にまず人として学んでいくこと
②変革していくこと

簡単にまとめるとこの2点です


僕は最近、「人間革命」という言葉が本当に大好きで、
クラスでも「絶対に一人ひとりが人間革命していこう」と呼びかけさせていただいています
乱用はいけないんですけどね^^;笑

変革という言葉は人間的に立派な人だからこそ言える言葉だとおもいます。
僕にはまだまだ言えるような言葉ではありません。
人間的に立派になるということは
それまでに何度も人間革命して勝ってきたということかなと感じます。



・・・話がそれてしまいましたが

素晴らしい話の後にグループディスカッションというものがありました。
色々な人とかかわるチャンスで、
色んな人の意見が聞けて本当に良かったなと思っています。
僕も先輩の話の感動。
また常日頃から思っている気持ちをぶつけました。
ですが、感情というものは筆舌に尽くし難いもので全てを伝えられたわけではありません。
本当に形にすることは難しいです


そのディスカッションも終わり、帰り際に
「リーダー研修を振り返って」というプリント頂きました

言葉でも表せなかったのに、文字なんてもっての外だ。

と直感で感じました

心に残ってることを一言で表せというのなら素直にやりました
心には「人間革命」しか残っていませんでした。

ですが、それを文章にしろと。

文章にするということは、並大抵のことではありません
感情を形にするにはボキャブラリーがなさすぎる。

感情を言葉にしていくためには無理に言葉をひねりださなくてはなりません。

ですがそれは本当の感情なのでしょうか

書くために考えた言葉は僕には嘘の感情としか思えません。
その時に思ったことをただ言葉にすると文章になんてできません。

そうやって無理に引っ張りだした言葉を先生が見る。
それで先生方はその子の捉え方を判断する

おかしいんじゃないですか。何よりも気持ちでしょ。

僕は、このリーダー研修をわざわざ言葉にする必要はないと感じています
あれだけの話を聞けば
一人ひとり何かしら心にくるものはあったはず。

それだけ良いじゃないですか。

それをどの方向に持っていくのか。それは本人の自由でしょう。

言葉にすることでその子を無理にその通りにさせようとするのなら、なおさら大反対です

僕には学校側の意図がよく分かりません。
他の人が書いた感想を見せてくれるのならまだしも、それを回収して返ってきさえしない。
それならば、他の人とその事柄について話をするほうがよっぽど素晴らしいじゃないですか


対話。対話。というのならそういう面からなれさせるべきです。
紙の上での対話は対話とは言えません。全てが本心なのか分かりません。
「自分自身の心に問いかけるのが大事。」というのかもしれません
ですが、それは本当に紙に書くことで出来る事なのですか。

一方的に押し付ける。
学校というものを持ち、先生という肩書きをもった人間の押し付けを生徒は見ているのです

人間的教育を掲げているのならば
そういった点でも色々な角度から自分自身の心に対話させるべきじゃないですか




すいません。つい熱くなって、文章がごちゃごちゃ><笑
でも、思ったことを並べたからこうなったので僕としては満足です^^
あくまでも僕の考え方です
「紙に書いたりしないと考えようともしない人もいるじゃん!」
とか色々あると思いますが、僕は断固として上に書いたように思います


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2012/06/15   考えすぎている先のこと : 日記


皆さんこんばんは!

もう少しで、期末のテスト週間に入ろうと言うところです。
もう少しで全国がかかっているディベートの試合があるため
毎日ディベート漬けです。

・・・そういえば関係ないですが、一時期「英語漬け」ってゲーム流行りませんでしたっけ?笑



今日は将来の事です。
創価学会のことです。ただ創価学会の将来ではありません。

最近、専ら「将来、折伏が僕に出来るのだろうか」と考えることが多々あります。

僕はそれほどまでに地元の友だちなどと信頼しあえているだろうか

いろいろ考えていると不安になります。

ですが「折伏」とは何なのでしょうか。


創価学会は数にこだわっているというイメージがあります。
折伏しよう!入会してもらおう!
新聞が何ポイントだのなんだのという会話をいつも耳にします。


・・・ですが、それほど数は大事なのでしょうか?

折伏しようということは分かります。
池田先生だっておっしゃられている。

「行者」の「行」とは行動のこと。
信行学に励まないといけないのですから折伏は分かります。

ただ、話を聞いていると
折伏=入会
と捉えて言う人が多いと思います。

それは絶対に違うと思います。

池田先生から「入会させなさい」なんて言葉聞いたことがありますか?
一回もありません。


折伏(しゃくぶく)は、破折屈伏(はしゃくくっぷく)の略。
日蓮系で概ね富士門流系の宗派における布教姿勢の一つで、摂受(しょうじゅ)に対する語。
相手の間違った思想に迎合することなく、
正しいものは正しいと言い切り、相手と対話を通じて日蓮の仏法を伝えること。


Wikipedia参照です。笑 とても便利です。はい。笑

このように、法華経の凄さを伝えていくことが折伏なのではないでしょうか?

これさえも分からずにただ闇雲に数だけを求めていくことを
果たして大聖人様が見ていて喜ぶのでしょうか。

そう感じます。

まずは自分がお題目で幸せになること。救われること。

「みんなとは唱題できるってところが違うんや。人生得してるわぁ」

と思えるぐらいの心の余裕を生み出せるのか。

「自分だけ得してても仕方ないな。みんなも教えてあげよ」

こうすることによって周りにも幸せを広げていけるのではないでしょうか



自己満足の信心でいいんですかね...


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2012/06/09   塾 : 日記


お久しぶりです。
何かと忙しい笑吉です。なんででしょうか^^;

先日のブログにコメントを下さった方ありがとうございます。
違った角度からの意見などもいただけて
「そういう見方もあるのか」と勉強になりました。
本当に本当にありがとうございますm(_ _)m

今日は「塾」に関してです。


今まで「塾」に行ったことのない自分。
別に自慢ではないです。
まず「行かなくてはならない」という考えが日本に充満している事自体間違いなんです。

だから
関西創価中学校を受験しようと思っている同志の方々。

塾に行ってないからって諦めることはありません。

本気で行ってやろう!という決意と
乗り越えるだけの題目をあげれば絶対に受かります。
間違いありません。僕がそうでしたから。


そもそも「塾」とはなんですかね?

今の日本は受験をするだけでも「塾」という言葉が出てくる。
しかも学校の先生から。

本来、塾とは学校の内容を補足するためだけの場所のはず。
それがなぜ学校よりも大きな意味をなしているのか。理解に苦しみます。

学校と塾、どちらも通うということは2つ学校に行っているようなものです。

そして、塾で勉強を先取りして(また、今までの復習を完璧にしたと思い込んで)
有頂天になっている。それだけで満足している。

おかしいんじゃないんですかね?

結局はあとにも先にも習うこと。
ならば一気に先に詰め込んで忘れてしまうよりも
着実に固めていったほうが良いのではないでしょうか。

そら、その人との相性もあります。
先取りして、それをすべて完璧にこなせる人もいるかと思います。
ただ、そんな人は極稀です。


今、塾に通っている人にはいろいろなパターンがあると思いますが
大きく分けて3つではないでしょうか。

①受験をするために行っている

これに関しては、その人自身の勝手なのでなんとも言いませんが、
ただ塾に行っているからといってそれだけの勉強で満足してしまうのもどうかと思います
またそうやって得た知識を周りにさらけ出すような人もいますが(実際小学校時代いました)
そんなことをしたところで意味がありません。
難しい学校の受験なんか社会で使わないことだらけだと思うので
生涯で一度も耳にしないこともあって当然なので。
何よりも受験対策に関しては「塾」はプロフェッショナルと言えると思います。

②勉強に追いつけないから塾に行っている

まずなぜ勉強に追いつけていないのかを考える必要があると思います。
追いつけていない理由はその人自身になにか問題があるんじゃないですか?
授業を聞く気がない、勉強をする気がない子は
いくら塾に行ったからといって変わることはほとんどないです。
まずは自分が授業を聞いて、復習もしっかりすることで
だいぶ変わってくるのだと思います。
それでも塾にいかせることはただの親の自己満足でしかありません。

塾に行き始めて成績が一気に伸びた子もいるかと思います
塾に行って成績が一気に伸びた子は、その子が塾を起爆剤として利用できた。
塾の素晴らしい使用例ではないでしょうか?
僕はそう思います。勉強のきっかけ作りというのは素晴らしい使途だと思います


③今の勉強だけでは物足りない!もっと上を目指したい!

これに関しては悪いとは言えないと思います。
勉強が好きならばやりたいだけやればいいと思います。

でも、こんな真面目な日本から学者が中々出ないのは
発想の転換が出来ないカチカチの頭になっているかじゃないですか?

アメリカなどは特別な勉強はないです。
最初はアメリカよりも学力は日本が上です。でも大学などでひっくりかえされる。
それはなぜか。
無理に勉強を詰め込まなかったので自由な発想が生まれるためです。

だから悪いとも言えませんけど良いとも言えないと思います。
その子次第ということかな?



僕はどれにも当てはまらないかと思います。
勉強は好きですけど、2つも学校に行くのは嫌です。
しんどいだけです。
一生をかけてもこの世の中を知ることは出来ないんだから、
使わないこと覚えても意味無いじゃんと思ってしまいます。


・・・そんなことはどうでもよくて

何が言いたいかと言うと、
結局「塾」に行ってるから賢いというのは間違っているということです。

塾はあくまでも学校のサポートです。なので使い方はたくさんあります。
でも学校の勉強さえ確実にすれば塾なんて必要ないわけです。

今の時代、本当に日本はおかしいです。そこまで塾がすごいものとは思えません。

僕の中での塾のメリットは

起爆剤ということと、たくさん問題が出来る

以外に無いと思っています。

何よりも本人が苦しまない程度に勉強することがちょうどいいのです。

ただ絶対に間違っていることは
自己満足のためだけに塾に行くという考えです。

その考えだけは日本から無くしたいなとそう思います。


今日も堅苦しいブログですいませんでした^^;
たまには友達向けに楽しいのも書くんで^^


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shokichiプロフ

翔

Author:翔
高校1年の翔と言います。
「かける」って呼んで下さい!

クラブは、
レオナルド合唱団と、
MUNと、新世紀栄光班に所属しています。

夢であるSUA,またハーバードに向けて、
今は日々、挑戦に挑戦を続けています。
だってもう、賽は投げられたのですから。

少し、頭の堅い、へんに真面目な人間ですが
よろしくお願いします(*´∀`*)

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